eriko's diary
2019.08.19 Mon

藤森先生とのお店づくり〜vol.3〜

前回のブログ
藤森先生とのお店づくり〜vol.1〜
藤森先生とのお店づくり〜vol.2〜

……………………

5月27日。朝9時半。

場所は、埼玉県の入間市。
上福岡という駅からタクシーで15分くらい。
流通センターやら、工業やら、森やら、なんとなく、殺伐とした田舎町に今回家具を依頼している、
先生御用達の「家具製作所」がある。

名前は、「川本家具研究所」

魂のこもった名前だ。。。

工房につくと、天井が4メートルくらいで、そこにのびのびと、
切ったばかりのまだ製材されていない、木の板がたくさん置かれていた。
藤森先生と、家具職人の川本さんがいた。

「おはようございます!!」

私たちは、社会科見学のようにノートやカメラを手に、作業を見つめた。

「さあ、やりましょうか。今回のテーブルは、この2つを使おうと思ってね。」

そこには、長さ5メートルの栗の木の板が二つ。
「ここから、サイズを測っていきましょう。」

最終的には4メートルにして、頭とお尻の部分が少し尖っていく独特な形になっている。
先生は、削り出す部分をチョークで、描く。

「ここはね、生の部分を残しましょう。」
そういって、長さ30cmくらいの部分だけは、生の木の部分が残るらしい。

「その“さじ加減”みたいなものはどうやって?」
「いや、やっぱりね、ナチュラルすぎると、どうしても、田舎の旅館になるでしょう。
でも、きれいすぎると、今度は市場になる。」
「それは、長年培って来た感覚?」
「いや、まあね、そこだけが教えるのはとても難しい。」
「最初からその“さじ加減”にいきついたんですか?」
「いや、それは違うな。」
「というと?」
「僕の初代の作品は、ジンチョウ、にある。あれなんかみると、もっと荒々しい。でもそれが少しずつ、今にかわってきた。」
「そこに影響を与えたのは時代?」
「そうだね、時代だろうね。」
「家族とかの影響はない?」
「家族はない。」ときっぱり先生は言った。

「そのさじ加減が、先生の作品が、どこかモダンな感じがする理由ですよね。」
「そうだろうね。そこだろうね。」
先生が深くうなずいてくれた。

先生は、再び木材に向かうと、さきほどチョークで書いた線をきれいにスポンジで消して、
「もう一回描き直そう。」と。

さっきより先端が尖ってきた。

「あんまり女性らしすぎるのは、よくないからね。」

先生の表現は、強さと優しさが本当に、絶妙だった。
男性的でもあり、女性的でもあり。直線かと思いきや、曲線がひょいっと現れる。
現代的かと思いきや、原始的。
その両方の軸を、行ったり来たりしながら、最適解を見つける。

そしてその最適解は、作業を見る限りは、「素材」が決定権を持っているように思えた。
先生は、素材を慎重に選び、そして素材に従っているように思えた。
その素材が生きるポイントを見つけるが、あくまで、
「藤森流に活かす。」

彼の中心軸に「素材」の源流を感じた根拠がある。

「素材の実験は、常にされていますか?新規の素材開発を今でもしていますか?」
「ああ、そうだ!それでも試すことができる案件はそれほど多くはないが。」
そして彼は続けた。

「石はね、まだわからないことが多い。」
「やはり木材は、栗にこだわるんですか?」
「いや、杉とかもね、やっぱりやるよね。使い勝手がいいし、安いしね。」
「栗が好きな理由は、直感的なものからですか?」
「いや、そうだねえ、一番“木らしい”じゃないか。色とか、筋とかがね。」
「でもある程度栗に限定してきたことが、先生の作風を完成させてきたとも言えますよね。」
「そうそう。」
「炭は、僕はね、扱えるよ。何万個もやってきたからさ。」

やっぱりどこの世界も経験値が全てなんだなと感じたが、
それよりも、素材ごとに「理解している。」
「まだ半分しかわからない」と話すことが、私にはとっても新鮮で、とっても尊敬の気持ちと共感を新たにした。

なぜなら、そのセリフは、素材を生きているものとして捉え、
対峙していないと出てこない言葉だと常々思っているから。
素材をただの道具だと捉えている人は、素材が「揃う」「出来上がる」そういう類の言葉を発する。

でも、素材に息吹を感じて、それを殺さないように、
むしろさらに息吹を吹き込もうとしている人は、
擬人化を通り越して、その素材のもつ難解さに心からの敬意をもつのだろうと思う。

素材を理解したい。
私もまだまだモノづくりの世界の新人だが、石を削る時、革を裁断するとき、
そして紡がれたインド綿を縫製するとき、
その素材の意志の方向性を感じ取りたいと思ってきた。

素材との対話。
私が途上国で13年やり続けてきて、これからもやりたいことの師匠と出会えた、そんな気がした。

後半になり、たくさんの板や、柱が、先生のチョークのラインにより、
藤森流の色彩を帯びていく様子を見れたことは、
モノづくりに携わる私にとってかけがえのない経験になった。

最後に先生は、椅子の背をたくさんの板から選んでいた。
「かわいくしたいんだよね。子供みたいに!!」

その時の先生のニュアンスは、テーブルの板を選んでいた時の男性的な部分から
また振り切れて女性的、そして大人ではなく、子供のようだった。

先生は、今日1日だけで、男性にも女性にもなり、
たくさんの境界線を作るプロセスの中でも超えていっていたように感じた。

子供も、大人も、女性も男性にも、おそらく国境を超えて愛される藤森建築は、
藤森先生自身が、境界線フリーな人物であるから故なんだろうと、心から腑に落ちた。

その人にして、その作品あり。
当たり前だが、これほど痛感したことはない。

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